序章
コーヒー、コーラ、
そして7秒の沈黙。
あの日、レジで7秒、沈黙したことがある。
ニューヨーク、5番街のスタバ。
入店したのは、現地時間の朝7時半。
出張初日の私は、頭の中で何度もリハーサルしていた。
“A hot coffee, please.”
ただそれだけのことだった。
店員が「sorry?」と聞き返した。
もう一度、声を少しだけ大きくして、同じ言葉を言った。
店員は同じ顔のまま、もう一度「sorry?」と言った。
後ろの行列の視線を、背中に感じていた。
私はメニューを指差し、笑顔を作って頷き、コーヒーを受け取った。
席に戻る間、自分の靴の音が、やけに大きく聞こえた。
その日まで、私は TOEIC 870 を持っていた。
海外の論文を読み、英語のメールを毎日書き、
海外オフィスとのZoom会議でも、なんとか議事を回していた。
「英語ができない」とは、もう自分のことだとは思っていなかった。
ホテルに戻り、自分の声をスマートフォンで録音した。
“A hot coffee, please.”
再生ボタンを押して、聞き返した瞬間に、
「これは、私が話したかった英語じゃない」
と思った。
その違和感の正体を突き止めるのに、3年かかった。
辿り着いた答えは、「努力が足りなかった」でも「才能がない」でもなく、
私の口の中の地図に、英語が住む大陸が描かれていなかった、ということだった。
この本の全20章を通じて、その地図を、あなたに渡します。
本編に入る前に、ひとつだけ。
5語の発音診断を受けていただきます。採点ではありません。
スコアはあなただけが見るもので、第14章で同じ単語を録音したときに、もう一度ここに戻ってきます。
30日後のあなたが、今のあなたを見て何を思うか。
そのための、最初の記録です。
― 序章 おわり ―